〔カンフー〕〔1998年作 おっぱい詩人の部屋、閉鎖に伴い〕




酒場で、
答えなんか無いって言ってる髭の奴をぶっ飛ばしてやった。
しょうもない。
みんなびっくりしてた。
俺がそういう奴だとは思ってなかったみたいだったから。
もう知らない。構わない。
もともと俺は気性が荒いのだ。
ただ演技してそれを隠していた。
一人ぼっちになりたくなかったから。
けどもういい。分かった。
やっぱり自分の本性を隠して生きるなんて健康に悪い。
健康に悪いということは精神にも悪い。
それは躍動的ではない。リズムがぎこちない。
とどまるところのない欲求に対して、
それが連続して満たされ続けること。
それが俺の幸福の価値観だ。
我慢したり取り引きしたりしながらちっぽけな報酬でありがたや、
人に感謝なんてのは馬鹿げてる。俺に合わない。



交番で居眠りしてる若い警官をカンフーで倒して、ピストルを奪う。
ポケットに入らないので仕方なくシャツの中に入れて、
外から落ちないように持っておく。
澄みきった青空。雲が一つだけある太陽の下、ゴキゲン。
通りすがりの大学生が俺のことを変な目で見たので撃つ。
やっちまった。
周りにいた人たちが一斉にこっちを見てキャーと言った。
映画みたいだった。
みんな逃げるかと思ったら意外にそうでなく、
半分くらいの人は逃げたけど、
あとの人はそのままその場にいたり普通に歩いたりしていた。
そういうところが分からない。
この人たちは臆病だかパワーがあるんだか、
そういうところが分からない!!


何となくやることが無くなってしまったので、
大学生のポケットをまさぐって所持品を盗もうと思った。
銀のワールドカップ記念ジッポとセブンスターと財布をみつけた。
セブンスターはまだほとんど新品で、やっぱそういうのは嬉しい。
ジッポで火をつけるのは久しぶりだ。
ジッポも本当に気に入ったやつがあればイイモンだなと思った。
ワールドカップ記念というのが気に入らない。
恥ずかしくなってくる。
財布に結構金が入っていたので
この金で俺専用のジッポを買いに行こうと決めた。
名案だ。


しばらくもしないうちにパトカーのサイレンが聞こえてきた。
しまった!俺は犯人なのだ!そう思うとピストルを捨てて走り出した。
家に帰って服を着替えようと思った。
目撃人が俺の服の色なんかを警察に言うからだ。
タクシーを止めて堀の内と言おうとしたところをやめて吉祥寺にした。
万が一ということがある。用心に越したことはない。
吉祥寺から堀の内にバスが出ていることを俺は知っているのだ。



家に帰って、夕方頃まで寝た。疲れていたんだ、仕方ない。
ピストルを奪ったり、
それで人を撃ったり今日は始めての経験が色々と多かったから・・・
テレビをつけたら俺のニュースがやっていて、
犯人は吉祥寺方面に逃げた模様です、とやっていた。
馬鹿だ、コイツラは。
大学生は重傷ながらも生きているそうだ。
リポーターのわざと緊迫したような喋り方を鼻で笑う。
あいつこそ偽善者だ。
他のチャンネルでもやっていた。
警官からピストルを奪ったというのが話題性になるらしい。
そうさ、みんな退屈してるのさ。
死んでも変わりの無いような奴等が、
それでも死にきれずにウヨウヨとうごめいているんだ。
馬鹿げてる。
それでも自分のしたことがこんなに大きなニュースになって、
あちこちで取り上げられているってことは気分が良かった。
けど、そんなことでもしなければ
社会にまともに相手にされない自分を思うとイライラしてきた。
けどやめた。
そんな思考回路はもうアキアキなのだ。




夜の街を歩く。
カンフーの訓練の為、
俺はいつも手首を痙攣させたように動かしながら歩く。
そういう俺の地道さを分からず、
気違いか何かだと勘違いして笑う奴等が非常に多い。
特に若い奴等はそうだ。
だから俺はますますカンフーの道に磨きをかけることになる。
もともとは音楽を志して上京してきた筈なのに、
いつの間にやら俺はカンフーの達人になってしまっていた。
自分でも笑える。人生は奇妙だ。


犯行現場に行ってみた。
数人の警官がいて、
(当たり前だ、居眠りをしててピストルを奪われたなんて
警察の名誉に関わることだからな)一列に横に並んで、
皆険しい顔をしてる。
あまり長くいるのは何となくコトだと思ったので
女のとこにいくことにした。


女はいなかった。
そういえば夜の仕事を始めたと言っていた。
時給がいいらしい。
何の仕事だか寝ぼけていたのでよく憶えてないが、夜の仕事だ。
それは今、いないってことだ。昔の女の家に行くことにする。



昔の女(以後、女と表記)は家にいた。
通りからちょっと離れた寂しい坂の上に女の住む家はあった。
ボロの一軒家に女は暮らしている。
少し頭がおかしいのだ。けど、だいたいは普通の人と変わらない。
ちょっとしたことでキレる。
でも、まぁ、どっちにしろ俺は
精神に異常をきたしているような女の扱いにかけてはプロ級なので
心配ない。


女はワインを飲んでいた。二階のあの部屋だ。
女は一軒家に住んでるけどほとんどこの部屋にこもっている。
他の部屋はほとんど物置か何かみたいになっていて、廃墟のようだ。
この部屋だけ人が生きてる匂いがする。
俺もワインを貰う。ついでくれた。女は前より痩せたみたいだった。
今は仕事はしてないそうだ。
この女の実家は千葉で医者か何かやってるので大丈夫なのだ。
って言うか付き合った当時もそれ以前も、
こいつは働いたことなんかなかったのだ。おいおい・・・
最近何してるのって聞いたら、
俺のことをずっと想ってたって言った。うい奴。
女の近くに寄り添ってキスした。
喜ぶかと思ったら意外にそっけなかったので困った。
強引に押し倒してあちこちを触りまくった。
抵抗しなかった。
やさしくした。
この女と今までヤッたなかでも一番にやさしくした。
いや、今までの女とのセックスのなかでも一番のやさしさだった。
丁寧に扱った。かわいいケモノちゃんという具合でなく、
神聖なる神の使いオオ女神様という具合に扱った。


嘘だ、俺は恐かったんだ。人にピストルを撃ったりして、
ニュースで言われたりして、俺は恐かった。
一人でいるのが嫌だった。誤魔化したかった。
でも、これは後から気づいた。
そん時は俺はセックス上手いんだなぁって思ってた。話しを戻す。


女はびしょびしょだった。
あんまりにも濡れすぎていたので
俺のチンポは何回も滑ってでてきてしまった。


翌朝、
テレビをつけたら俺の顔写真が出ていて、堀の内のあのアパートも映った。
大家さんもインタビューに答えていた。まさに漫画だ。
女がどう思うか恐かったが心配なかった。
黙って俺の方に寄り添ってきて、
俺を抱きしめたその心ですぐに俺のちんぽをしゃぶりだした。
この女は物分りがいい、という言葉が浮かんだ。
けれどそれは物分りなんかじゃなくただ俺に従順だということに過ぎないのだ。
従順な女は時に都合がいい。ただ信用することは出来ないが。
俺はなかなかいけなかった。女は悪戦苦闘してた。俺は女の頭をはたいた。
女はグワアオとおたけびをあげながら俺に襲いかかってきた。
女は俺の顔面に何回もパンチしてきた。何となく無抵抗でいた。
そういえば昨日の夢にガンジーが出てきたのだ。
夢のなかで俺はガンジーの友達だった。
ガンジーはその夢のなかで俺にアドバイスを求めていた。
あきらかに俺が無抵抗であることを悟ると女は俺への攻撃をやめ、
ゴメンねと言って俺に抱きついてきた。
女は自分の精神が尋常ではないことに、たまらない罪悪感を感じていたので、
つきあっていた当時もそうだったんだが発作のあとには過剰なほどに謝る。
最初はこいつのそんなところがたまらなくいとおしい時期もあったんだが、
それもパターン化してくると、だんだんイライラしてくるようになっていた。
今日はイライラしなかったけどね。
俺は昨日大学生から盗んだ財布を、ごちゃごちゃしたガラステーブルの上に広げて、
幾らあるか数えてみた。一万円札が八枚あった。全部で九万だ。金持ってんだなァ。
幾らもってるか、女に聞いた。女は即答しなかった。
もったいぶってんのか。
それとも俺が望む程度の金が今ないことを知られたくないのか。
もう一度聞いた。今、幾らもっとる?
女はテレビ台のビデオデッキのなか(もうちょい隠し場所考えろ)から
封筒を取り出して俺に渡した。封筒は結構厚みがあった。
俺と一緒に逃げるか?
演歌のセリフみたいなことを言ってしまった自分にまいった。
女がグズグズしているので女の腕を強引に引っ張って外に出ようとしたら
女がやけに抵抗するので苛ついておっぱいを殴った。
女はそのまま後ろに転がって、
そうして体操選手のように立ち上がるとタンスの引きだしから
通帳やらカードやらを取り出して壁にかけてあった何とかという
ブランド物の鞄の中に入れて、
それから生理用品だの猫の写真だのマイメロディーのアドレス帳だのも
大急ぎで鞄の中につめて、
玄関に立ってぼけーっとしている俺の目の前まで走ってきて、
そいでスマイルした。お待たせっ!!(ボーイズビーばり)という感じで
少し面食らった。
だども、さっき勘違いして胸を殴っちゃった件があったので、
悪いなぁと思っていたので、あぁと言って一見好青年風に答えて、
それで女の腕をやさしく掴んでやって外に出た。


どこに行けばいいか分らなかったが、とりあえず駅を目指した。
駅までの道中、気が気でなかった。
顔写真が映ってしまったのだ。
もうこれで世界は全て俺の敵なのだ。
きっとそうだ、敵だ。
ゾクゾクする。分かりやすい。
これでようやく火がついた。なるほど。奴等は敵だ。


中央線で長野に行き、そこからローカル線を乗り継いで新潟へ。
駅前の商店街で二人分の帽子と軍手を買って
(何故か女がやけに指紋を気にした、
またギャーギャー騒ぎ出すといけないので買った)飛行機で大阪へ。
交番がある度にビクビクしながら遠回りして、
工事現場のガードマンにさえびくついて、
その日は便所の小窓から通天閣が見える古い旅館に泊まった。
案ずるな産むが易し、いちいちテレビの犯人の顔なんて、
そう皆記憶してないものだ。
その証拠、旅館の女将なんて俺の顔をじっくりと見たにもかかわらず
(何となく俺もわざと顔をじっくり見せたような気がする。
何故かは分からないが。)
色男がどうのこうのと世辞まで言ってみせたのだから。
それでも余りに安心しすぎてもいけない。捕まりたくない。
俺の音楽家としての目もまだまだ終わったわけじゃないんだから。
刑務所からデビューという作戦もある、ちょっと茶番か。
まだまだ色気があるから、そういうのは割と気にする。
斬新でなければ。革命的でなければ。



翌朝、何かの囁き声のようなもので目を覚ました。
隣に寝てる筈の女がいない。
飛び起きてピストルを探した。
いやいや、ピストルを持ったことなんて一度もなかったじゃないか。
うるせー、それも違う。昨日、ピストルは捨ててきたのだ。はぁ。
そうこうしていると女が襖を開けて入ってきた。
どこに行ってたんだ!、大声で怒鳴った。
「はじまっちゃったぁ。」     
浴衣姿の女の太股には赤い水がつたっていた。
俺はあの臭いが嫌いだった。ムカムカしてくるのだ。
女もそれは知ってる筈だった。
俺が犯人だから、奴ってば俺を苛立たせて、
それにてここで暴力事件でも起こさせて、
旅館の人に警官隊を呼ばせ、俺を奴等に引き渡そうとする、
そういう腹づもりなのか?ぶっ殺してやろうと思った。
が、やめやめ。違う違う。妄想だ。被害妄想だ。どうにかしてる。
俺ともあろうものが。クソ!俺はびびっているんだ!
そういう自分が気に食わなかったので、ついでに女の頭をこずいて、
風呂に入ってくるように命じた。急げ、ともつけ加えた。
もう一度襖が開いて、今度は女将が入ってきた。
警察が来ますよ、急いで逃げてください。


庭に通ずる窓を開けると、俺、裸足のままで飛び出してぇ〜、
頭の中でトレイントレインが鳴った。
壁を乗り越えて狭い路地に出ると女の声がした。
待ってぇ、待ってぇ。塀を乗り越えられないでいるのだ。
仕方ない、女を置いて走って逃げた。
それが共犯と主犯の違いだ!何故か心でそう叫んだ。
路地を曲がるとマンホールがあった。
名案だ。カンフーの技術を応用してマンホールのふたを開け、
地下の暗闇に潜りこんで素早くふたを閉めた。
まさか、こんなところにいるとは思いますまい。
一人で嬉しくなった。
女のことを思い出すと、少し涙が出てきそうになった。
何となくこのマンホールの中を探検してみようと、
はしごを降りて行くとワニがいたので引き返すことにした。
マジかよ?けど、人生にはマンホールのふたを開けて
中に隠れようとしたらそこにワニがいたってことも
無いわけじゃ無いからな。


マンホールのふたを少し開けて誰もいなかった。
急いでマンホールを持ち上げて外に出た。走った。
旅館の方角から女のすすり泣く声が聞こえた。
警官たち(敵)が慌ただしく動いている気配も感じられた。くそぅ!
旅館から遠ざかる進路で走った。
もうこんな朝早くから蝉共は鳴いていた。
花にじょうろで水をやっている主婦、前方に確認。
延髄に蹴りを入れて靴をかっぱらった。
主婦は声もあげずにそのまま地面に倒れた。
次の路地を曲がると若い女が白のタンクトップを着て
ランニングしていた。
ペチャパイだったので、ペチャパイ!と叫んでやった。
でも早口だったし走りながらなので、
その女にはよく聞き取れなかったようだった。
タクシーを捕まえた。
速攻オリジナル(カンフーの技、俺と師匠がつくった)で
運転手を素早く気絶させた。
そいつを車から落として、運転席に座った。
はじめてだ、運転するの。
夢のなかでしか、運転したことはなかった。
けど適当にやれば何か動くだろう。



レバーをガチャガチャやって、色々踏んだり押したりしてみた。
動いた。ついでにワイパーも動いた。間抜けだ。
なかなかスピードが上がらない。踏み込みが足りないのか。
レバーの操作が違うのか。
色々ガチャガチャやってみたがまえより遅くなって、
止まってしまった。しょぼい車だ。
車から降りたその時、
後ろの方からけたたましいサイレンの音が聞こえた。
マズイ!降りかえると消防車だった。
消防車は3台連なって俺の横を通り過ぎていった。


ラクションが鳴る。
俺のタクシーが邪魔になっいるのだ。走って逃げた。


しばらく走っていると靴が片っぽ脱げた。仕方ない、女物だもの。
そうするとすぐ物干しに干してあるナイキのスニーカーを確認。
見てくれ、この、俺のタイミングの良さを!
だから人生はやめられない。走れ、俺!
小さな商店街を折れて入った。
まだ朝だから人は少ない。
生ゴミを漁っていた猫の家族が、
猛烈な勢いで走ってくる俺を見て
建物と建物の間の小さな隙間に隠れた。
そんなつもりじゃないのに。。


新聞屋の前に置いてある
カゴの大きなあのチャリキを空中で回転しながら盗んだ。華麗だ。
そばにいたこの自転車の持ち主らしき金髪の少年も、
俺の盗みかたがあまりにかっこよかったので納得していたようだった。
ありがとう新聞少年。


シャッターが半分閉まっている角の時計屋でグイと首を下げて
時間を見てみたら、
その時計屋のシンボルらしき大きな振り子時計が見えて
6時25分くらいだった。
あの時計は百年たってもチクタク鳴っているだろうか?
前カゴに積んである新聞が何となく邪魔なので
落としてしまおうと思ったら、
自転車に乗ってパトロールしてる二人組の警官がいたので中止。
おはようございます、と何気に挨拶しておいて
全力で自転車を漕いだ。
気がつくとあっちにもこっちにもパトロールの警官がいたので、
仕方ない。新聞は全部配ることにした。



正午、ちょっと前か。
駅前の大時計を見て分かったんだ。昼前―


俺は汗だくで、そう、どこかの知らない駅前にいたんだ。
皆、太ったおばさんもゲームボーイ持ってる小学生も、
ちょっと好み絵か何かの専門学校に行ってるんだろう推定Dカップ
知的な顔立ちのあの乙女も。歩いてる。
ギターを背負った顎鬚の青年、うん、センスありそう。
けど俺とバンドは組んでくれないだろう。
ああ、陽射し。本当に。
俺を照りつける。この瞬間まるで俺だけの為に輝く太陽。
また思いこみか、どっちでもいい。
フザケンナお前等。きっともう、警察は俺を捕まえに来るんだろう。
わかってる。殺気がする。そこら辺にいるんだ、奴等。
自転車は駅前の他の営業所に返しておいた。
煙草を吸おう。
最後の煙草。
雀か何かがピーチク鳴いてる。可愛いのぉ。
駅横のトイレに入って小便をした。
気持ち良かった。
隣で小便してる奴と目があった。
禿げでデブのいかにものおっさんだ。
もしかしてこの人が本当の俺の父じゃないかって思えてきた。
馬鹿言うな!くだらん妄想はよせ!
小便をしたまま、大便コーナーに入った。
鍵を閉めて便器にうずくまった。
両方の目から涙が出てきた。



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