スミス〔poem〕

ストレスがたまっているのか誰でもいいからヘビーメイスを装備し撲殺したい
女ならレイプでもいい
とスミスが言うので
なぜ誰でもいいんだい?と気楽に目をそらしながら問うたところ
例えば俺が今週出会った面接官であるとか特定の誰かが嫌いなわけじゃないんだミキ
このいい表しがたい全体を形成する空気のようなものに
無性に腹が立っておさまりがつかないんだと言うので
スミスの気を休めるつもりで俺たちは一泊二日で伊豆温泉に旅行に出かけた
往復の電車賃がないので徒歩で出かけた
東京は乾いている
土面が少ないので水分が溜まりにくいのかも知れん、ダムじゃないけど
花粉症だってそうなんでしょう?
俺たちの時代からはもう地層って増えていかないのかな?
東京って言ったって23区以外も東京なんだぜ
マンホールの彫刻にはたまに目を見張るものがある
区によって違うのかも知れん
そんなことを話しながら俺たちは伊豆を目指した
遠い夏の日の思い出のような
居間のちゃぶ台の上に置いてある冷えた麦茶を自由に飲んでいいような
睡魔に襲われて眠りにつくまえの最後の記憶が静かに揺れているカーテンのような
うみねこと旅人に吹く風
そんなイメージの町
伊豆-


通り雨をコテージの玄関で回避し
菩薩峠を越える頃には
夜明けがやってきた
途中で事故を起こしている走り屋を助けた
白のレビン
海の匂いがするね
ああ 海の匂いと山の匂いが混ざっているね
麓のサンガリア自動販売機で二人でコーンポタージュを買う
缶を転がして手先を暖めてからプルタブを開く
食道を通過するポタージュの侵入を感じる
暗いトンネルの中を歩く時
かつての若者たちが作り上げた幽霊たちの言い伝えが聞こえてくるような気がする
幽霊は世代から世代へと語り継がれていく
バイパスを南下し県道へ
田んぼに囲まれたあぜ道をショートカットしながら
収穫間際の稲をキャンピングナイフで一寸刈り取り
スクラップ置き場の裏の焼却場でアルミホイルに包んで焼いて食べる
米がポップコーンのように弾けた時が食べ頃である
地方都市の朝のヴェールに包まれた世界を俺たちは一路伊豆を目指した


偶然手が触れた瞬間に手を繋いでみる
でも俺たちは男同士だからやめよう
ああ
十字路ですべての信号が点滅している
俺たちの自主性が重んぜられるのだ
軽トラが一台
スクランブル発信
愛くるしい雀たちが飛び立つ
ポプラの駐車場でカルビ弁当を分け合う
やっぱり足らなかったのでカップヌードルを一つずつ追加する
俺はカレー
スミスはシーフード
カップヌードルあさま山荘事件の生中継時に警官たちが食べていた事から急激に流行しはじめたらしいよ
そうか
歩道橋の上で行きかう車を眺めている
車があれば便利だな
ああ
俺たちには免許がないな
ああ
俺たちには車もないな
ああ
夢の中でしか運転したことはないよ
交番で伊豆について尋ねる
丁度パトロールに行くところだ 連れてってあげよう
俺はパトカーのなかでぐっすり眠った
スミスは窓の外を見ていた
これらは公務のようなものだ
俺たちは伊豆駅前で親切な警官と別れ
駅に隣接した喫茶店ブレンドとアイスコーヒーを頼んだ
スミスがトイレに行っている隙に俺はJRに乗って東京に帰った。